100話「感覚は変わり続ける」

昨日の夜寝る前、
今迄の作品の写真を一枚一枚見ていた。

デザインや色使いが、
制作した土地によってどんどん変わってくのが自分で見てて面白い。

一緒に居る人や、
見ている景色とか、
聞いてる音楽とか、
食べてる物とか、
住んでる家によって、

何かに一つでも変化が起こると、
他の事も少しずつズレていって、

頭で考えた事や、心で感じた事、
私の手に伝わる時には、まったく違うものになるのかなーと思った。

去年、一人で沖縄で活動してた時は、
見返してみると、とても平面的で想いを
形にしきれてないような気がした。

作りたい物を作る為の技術が整ってなかったのもあるけど、
毎日寂しくて寂しくてしょうがなくて、
道売りと、制作をただただ毎日繰り返すだけの毎日を送って、
周りの景色にまったく目を向けられてなかった。

少し歩けば海も見えるし、
沖縄らしい町並みや、地元料理や人々に、
まったく触れていなかった。

ほとんどの時間を、
一人で暮らすアパートの一部屋でただただ制作に専念し、
夕方になると作品を持って電車に乗って、
メインストリートへ売りにいき、
終電で家へ帰る毎日。

そういう平面的な生活を送ってたから、
作品もとても平面的だったんじゃないかなーとか思い出した。

そして、その後ネパールへ行って、
もっとわかりやすく作風が変わっていった。

ネパールではなーんにもない山間の町で
ただただ自然を目の前に生活してたから、
目に入ってくる景色は、草木や絡み合う蔓、
川に山、空、鳥、犬、他にもいろいろ、

どれも動いていて、絡み合っていて、
支え合っていて、立体的だった。

作りたい物が立体的になった。

自由に筆で絵を描くように、
石の周りに蔓を絡ませるように、
星とか、木の実とか、種とか、花とか、
周りの景色を一体に凝縮して彩りとして散りばめる。

時間のたっぷりあった生活の中で、
想いを形にする為の技術も備わっていった。

それからインドを旅してる中で、
海辺の町、山の中、埃まみれの大都市、旅するたびに、
描きたいイメージが増えた。

その後ニューヨークでは、
12月1月2月と極寒のNYでの道売り生活では、
凍り付く程の冷たい空気の中、

やたら気持ちは繊細になり、
暖かい部屋の中でひたすら編み目にこだわった
目の細かい編み目模様が生まれていった。

そんな感じで、
メキシコやインドを行ったり来たりしながら
NYを中心に動いた今年は、本当に変化の多い年でした。

出逢う石もどんどん変わった。

本当に色々な事が変わって、
自分で起こしている現実なのに、
たまについていけなくなっちゃうんだよね。

忘れてしまっていく気持ちもたくさんあって、
伝えたい事を飲み込んでばかりいたら、
伝え方さえも忘れていて、
感覚は変わり続ける。

来月は中旬には日本を出ようと思ってたけど、
1ヶ月延ばして1月にスリランカ行きます。

その後北上してインド、ネパール。

そして西へヨーロッパ目指して移動して、
出来ればぐるっと回ってエジプト辺りまで行けたら。。。

なーんて計画中。
今回は長くなりそうです。

なので1月の頭までは
日本でしっかり活動したいと思います。

そして小話!

日本に居るとなかなか書けないですね。。。
書きたいけど書けない。もどかしさ。
まあでも書ける時に、書きます。

これからもよろしくお願いします♡

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